多摩市民「九条の会」

アクセスカウンタ

zoom RSS 伝統と生活の距離 教育基本法とニュータウン その5

<<   作成日時 : 2006/05/29 06:24   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

現在の社会の中で人が育っていくにあたり伝統というものの果たす役割は何だろうか。あまり議論されていないものの、教育基本法問題に際して自民党がこの「伝統」を重視する必要をさかんに説いている。古典芸能や文化財などの伝統文化の存在を学校で教えること自体に問題があるとは思わない。しかし、教育基本法に関して、個人主義批判や愛国心擁護というロジックを支えるものとして伝統が持ち出されることには大いに問題がある。(詳しくは本シリーズのその2その3をごらん頂きたい)

前回紹介した赤羽台団地には、コンクリートの団地の並ぶ中に神社が建てられていた。その地域なりの「伝統」とのつきあいの形が見られる。では、日本最大級のニュータウンである多摩ニュータウンの中にはああいった形での寺社があるだろうか?答えは、団地内には無いがニュータウン内にはある、となるだろうか。団地の並ぶ新住宅市街地は、ほとんどがかつて森林か農地であった。そこから少し離れた人の多い集落、その近くにある寺社は、区画整理事業の対象ではあったが、団地にはされずに残された。そこで各地域には昔からの寺社が残ってはいる。だが逆に言えば、コンクリート(団地)と、計画的に残されあるいは植えられた木々の並ぶ団地周辺においては、かつての農村だった多摩の面影を残してくれるのは、団地から見れば「はずれ」にあり、生活の外側にあるものとしての寺社程度でしかない。

その寺社を除けば、それまで千年以上続いてきた農村、多摩の生活空間、そして文化を今に伝えるものはほとんど無い。伝統を根こそぎぶっ潰してひっくり返した上で成立しているのがこの街である。高度成長を続けた日本の中心たる東京の郊外として、こうした街の建設は必要であっただろう。しかしそうして作り上げられた街に、昔ながらの伝統をそのまま持ち込もうとすることは、無駄な試みであろう。

「伝統」が息づいていない地域において育つ人間にとっては、外側から(学校で)与えられる「お手本」としての伝統など、自分の生活実感からかけ離れたよそよそしいものでしかない。伝統が伝統として伝えられてきた背景には、伝統が生活の中に溶け込み、支えられてきた社会構造、特に経済構造があった。貨幣経済、資本主義経済が全国にあまねく浸透していく中でその構造が変化し、伝統的な文化が生活の場の中から排除されざるをえなかった。特に現代の日本の都市の様にそうした伝統を引っ剥がしたところに新たに作られるような空間で育った人々にとっては、「秩序」を守るために必要な原理は「伝統」的なものでは対応できない。新たなものを作り上げる必要がある。日本の教育が「伝統的な精神の欠落によって悪くなった」と言い、ましてやそれを現行の教育基本法の「個人主義」のせいだと主張することが、いかに的外れかが分かるだろう。

人は人々の中に生まれ、育つことで人間となる。社会の中で育つことでことばを獲得し、文化を身につける。「伝統的な文化」が息づいていない都市空間で育つということは、伝統を身につけるのが難しいことを意味する。仮に身につけようとするならば、「わざわざ」お稽古や習い事として身につけなければならない。極めて意志的な「選択」となる。ここでは「伝統」の概念自体に変容が起きていることに気付いていただきたい。押し付けられ、または与えられ、時には葛藤しながら必然、運命として引き継ぐものとしての伝統とは別のものがここにはあるのである。そういう「別の伝統」を伝えることにも大きな意味はある、しかしそうした伝統が無くても、子どもを持つ人の多くがニュータウンを子育てにはいい環境と見ている。私もそう思う。基本的にそれでよいのではなかろうか。

しかしながらもし、日本の「伝統」なるものの重要性が学校教育の場でむやみに持ち出されてしまうならば、ニュータウンの子どもや、新興都市近辺の子どもは戸惑わざるを得ないのではないか。「伝統から切り離された社会空間で育った自分には伝統を語る資格が無い」というように。それは学校によって自分に何か「大切なこと」が欠落しているかのようにレッテルが貼られることではなかろうか。となれば、伝統を当たり前のものとして身につけていない子どもの場合は、伝統を否定して自分の在り方、ニュータウン的なものを肯定するか、伝統を肯定して、自分の育った街(郷土!)と現在の自分自身を否定するか、もしくは何も肯定しないニヒリズムにでも陥るかしかないではないか。

こうした道のどれかしか選べないとしたら、子供たちは不幸である。(通常の意味での)伝統から切り離された街には、その街なりの進み方がある。しかもそれは学校でおいそれと教え込んで変えられるものではない。ニュータウンのような街では、昔ながらの伝統はほとんど残っていない。残っていても普段の生活からは距離がある。とはいえ、別にそれ自体には大きな問題が無いと多くのニュータウン住民は感じていることと思う。

仮にニュータウンに代表される、伝統から切り離されてしまった社会(日本ではどんどんそういう社会が増えているのが現実である)と、そこで育つ子どもたちにとっての課題があるとしたら、それはもっと別のものではないだろうか。これは「その1」で触れた格差社会の話などと関係してくるので、また、できれば近いうちに、このシリーズの続きとして触れたいと思う。

伝統というものの意味するところのあいまいさに疑問を感じた私は、今回のシリーズの筆を起こした。題名の割には多摩ニュータウンがまともに登場することが少ないのだが、とにかく「伝統」なるものの複雑さと、教育を観念的に語ることの問題性を感じていただければ筆者としては幸いである。

教育基本法とニュータウン 
その1 問題提起
その2 伝統の意味とは?
その3 権力に従順な若者たち
その4 団地と伝統文化
その5

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
伝統と生活の距離 教育基本法とニュータウン その5 多摩市民「九条の会」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる