多摩市民「九条の会」

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zoom RSS 「ジェンダーフリー」

<<   作成日時 : 2007/03/10 02:09   >>

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市内の知り合いからとある講演のチラシを渡された。こんなものもあったのかと、家に帰ってから多摩市の広報をチェックしてみると、確かに書いてはあったが、広報内ではむしろ目立たない場所に置かれているので、個人的に内容への関心がなければ気付かなかった人も多いかもしれない。

若桑みどり「ジェンダーフリー・バッシング 〜その背景から見えてくるもの〜」
という講演である。そういえば、昨年は1月の国分寺市での、市民講座(上野千鶴子さん)の中止であるとか、福井県の女性センターで、同じく上野さんの著作を中心に、180冊ほどの本が撤去されたことが問題となった。そのニュース自体は、ある程度新聞でも目にしたのだが、残念ながら「その後」の状況がどうなったのか、フォロー記事をあまり見かけない。

もしかしたら扱っていたのに目にしていなかっただけなのかも知れないが、重要な問題であるだけに、扱うのならばやはり大きく扱って欲しいところである。そういった話がこの講演であるのかないのか、それは分からない。が、いずれにせよ、大学生の頃ジェンダーに関する本を多少なりとも読んだ経験から考えると、ジェンダーフリーにまつわる問題は、批判する側がいい加減な事例を取り上げることが多いだけではなく、賛成する側もどうしても、そのいい加減な事例に多少なりとも言及し、反論しなければならないという事情から、表面的な事象・事件が中心に論じられてしまいがちである。厚生労働相の「生む機械」発言も、なんだかうやむやにされてしまいそうな感じと無関係ではないかもしれない。こういう機会に、もっと広い視野から掘り下げて専門家にしっかりと論じてもらえるとありがたい限りである。

9条の会とは関係がないが、知り合いのよしみでチラシを頼りに勝手に宣伝。

若桑みどりさん講演

「ジェンダーフリー・バッシング 〜その背景から見えてくるもの〜」

日時 3月17日(土)午後2時〜4時30分  

場所 関戸公民館大会議室(ヴィータ8階) 

京王線聖蹟桜ヶ丘駅前徒歩1分 参加費 無料  定員90名(先着順)


TAMA女性センター市民運営委員会企画 TAMA女性センター事業

申込・問合せ 6日(火)午前9時から。
電話・FAX (☎355−2110)または直接、TAMA女性センターへ   
第1・3月曜日・祝日を除く 9時〜17時。

・ジェンダーフリーという言葉はよく聞くけれど、一体何なのか今 ひとつわからない。
・ジェンダーフリーや性教育が批判されるけれども、それも今ひと つよく分からない。
・批判自体は分かるけれど、どういう理由や背景で批判されてい るのか詳しく知りたい。
・そうした批判に対して、「バッシング」や「バックラッシュ」というこ  とが言われているけれども、何が問題とされているのだろうか。
といった事に関して、の講演とのこと。お時間あれば是非どうぞ。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
おばちゃんみたいな男が増えるって事でしょ?
ジェンダーフリー万歳って言っている人は、自分を進歩的だと思っているのかもしれないけど、
自分で自分の首締めてるの解んないのかなあ。
kohei
2007/03/23 19:38
なぜジェンダーフリーを推進することが「おばちゃんみたいな男が増える」ことにつながるのか、まったく持って意味不明です。その上で、「おばちゃんみたいな男」がいても結構だし、いわゆる男らしい男がいても結構だし。おやじみたいな女がいても結構だし、女らしい女がいるのも結構。ジェンダーフリーってそういうことです。
ついでにいうと、そういうことが「自分で自分の首締め」ることにつながるのか、なお一層よくわかりません。
管理人
2007/03/25 22:59
おばちゃんみたいな男ってすごく嫌です。無駄が多くて頼りにならない、尊敬出来ない。
尊敬されない国になって、日本が滅びると言う事です。

少なくとも私の周りで、女も男もこれを支持する人はいませんね。
支持しているのは、ヒステリックなフェミ女だけと言う印象があります。
普通の女性は支持してません。
周りがおばちゃんみたいな男だけになったら、
はっきり言ってつき合おうとも、結婚したいとも思わないし、そういう人の子供を作ろうとは思わない。
kohei
2007/03/29 13:41
人間の原則を、無理矢理ねじ曲げているようで私は嫌です。
kohei
2007/03/29 13:42
ううむ、ジェンダーフリーが「おばちゃんみたいな男が増える」ことになるのか、それが分からんのです。ジェンダーフリーは「男らしい男がいても結構だ」と言っているんですよ。

例えばジェンダーフリーなどという概念が出来る前から、美輪明宏さんも池畑慎之介さんもいたわけです。別にああいう生き方を選択した人もいたっていいじゃない、ということです。積極的にそうしろなんて別に言ってない。別にあなたが個人的に「おばちゃんみたいな男」と結婚したくないならそれでいいと思います。「おばちゃんみたいな男」があなたから見て「人間の原則を、無理矢理ねじ曲げているようで」あっても、そういう選択をした当人から見れば、男らしさを強要されることこそ「人間の原則を、無理矢理ねじ曲げている」ことなのかもしれないじゃないですか?
管理人
2007/03/31 13:46
『別にああいう生き方を選択した人もいたっていいじゃない、』
それはわたしもそうおもいます。
それを教育の場で非難する必要も無いし、してこなかったと思います。教師個人の考えは別にして。
『男らしさを強要』
だあれも『強要』なんかしていないんですよ、男が男らしくなければ自然にその人は軽く見られたり馬鹿にされたりするでしょ?(私の言う男らしさはべつにやたらマッチョで攻撃的である事ということではありませんよ。念のため)
仕事場でもそうですね。キャンプなんか行ってもそうです。
『男らしさ』を持っていないと役に立たない。

わたしが(人間の原則を、無理矢理ねじ曲げている)というのは、自然とかけ離れているものを教育の場に持ち込むと言う事です。改めてセクシャルマイノリティーを擁護する必要はまったくありません。

日本人男性の3割でも2割でも三輪さんみたいだったら気持ちわるいでしょう?実際。
私が外国人だったらはっきり言ってそんな国尊敬しませんよ。笑いのネタですね。
kohei
2007/04/09 14:29
「男が男らしくなければ自然にその人は軽く見られたり馬鹿にされたりするでしょ?」この時点で納得しがたいものがあります。むしろキャンプなんか行っても、女が料理している時に「自分は荷物を運んだから何もしなくていい」なんていってふんぞり返っている男がいたらあんまりいい気はしないのではないですか?
あなたは「『別にああいう生き方を選択した人もいたっていいじゃない、』
それはわたしもそうおもいます。」と表面的には言っているが、しかし「気持ちが悪い」とか「尊敬できない」とか、当事者が聞いたら侮蔑されていると感じるであろうことばを発しています。
単なる個人的な感情や趣味の問題としてそういうことを発言するのは仕方のないことかと思いますが、例えば誰でも閲覧できるブログという媒体でそういうことを何度も発するというのは、あまり誉められた行為ではないのではありませんか?そしてそういう発言がある程度通ってしまうのがこの社会の現状であればこそ、改めてセクシャルマイノリティーをある程度擁護する必要があるんだと思います。
管理人
2007/04/10 22:09
ふんぞり返っている男
が男らしいとはいいません。だーれもそんな事思わないでしょうに....
そんな事言っているわけではありません。解りませんか?言わんとしている事が。
「尊敬できない」「気持ち悪い」と言うのは対個人ではなく集団としてです。
それも客観的に見てのことです。

マイノリティーや差別の問題で一番議論を妨げるのが、言葉と表現の揚げ足取りです。
真意を汲み取らず、相手の言動のみを非難する事です。

そして過度の『擁護』に向かってしまう。
それこそ個人的感情を表現出来ない息苦しい社会になってしまいますよ。
現にフェミニストって発言そのものに突っかかってくるでしょう?
飲み屋でもそう、テレビでもそう......彼女たちの矯激な主張が公教育の場で語られるのはもの凄く抵抗があります。
kohei
2007/04/11 23:01
>解りませんか?言わんとしている事が。
それは難しい言葉ですね。こっちも同じことを言いたいですね。

フェミニストの発言がどうのこうのという話ではありません。「尊敬できない」「気持ち悪い」というのは、「相手」が集団とか個人とか言っているのではありません。あなたが「個人的」にそういう意見を言うのはわかります、でも、そのあなたの意見を単純に一般化(=他の人もそう思っていると)しないで下さい、といっているのです。「彼女たちの矯激な主張」で何を言いたいのかさっぱり分かりませんが、少なくとも、公教育の場で「こうしろ」(この場合、男はおばちゃんのようになれ)と押し付ける主張であれば、むしろ私もそれに反対しますが、「こうするな」(この場合、差別をするな)という主張であるならば、それは「擁護」する必要があると私は思いますが、いかがでしょうか?
管理人
2007/04/12 01:26
「こうするな」と言う教育はいままで無いと思います。
したがって擁護する必要も、公教育でジェンダーフリーを普及させる必要もまったくないと思います。


『一般化(=他の人もそう思っていると)しないで下さい、』

「ジェンダーフリー・バッシング 〜その背景から見えてくるもの〜」と題されているように、多くの人がジェンダーフリーと言うものに拒否反応を示しているでしょう。その背景には『自然』ではないものが、自分たちの生存を脅かすという動物の『拒否』があるだけです。
kohei
2007/04/12 18:21

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