多摩市民「九条の会」

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zoom RSS どこから来て、いまどこに? パレスチナ・イスラエル

<<   作成日時 : 2008/03/13 00:20   >>

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勝手に宣伝コーナーです。

連続講座「アジアの対立と和解」第4回

「どこから来て、いまどこに? パレスチナ・イスラエル」

日時: 3月24日(月) 18時半 映画上映開始

場所: ベルブ永山(永山公民館) 4階 視聴覚室

参加費: 500円


第1部 「豊穣な記憶」(ミシェル・クレイフィ監督、1980年:100分)

第2部 講演 早尾貴紀さん (東京経済大学講師。社会思想史)

主催:お問い合わせ アジア・ヒストリー 070−6551−9194


映画と講演あわせて500円ですので、お値段だけとってもお得でしょう。それ以上に、現代世界を考える上で間違いなく重要な場所でありながら、日本ではニュース自体が少ないイスラエル・パレスチナの問題を正面から取り扱う講座であることが貴重だと思われます。おまけに日本人に馴染みのないテーマだけに、テーマに入るひとつのきっかけとして映画を上映することになっていますので、興味・関心はあるのだけれど、予備知識がないから、、、という方には特にオススメです。既にある程度ご存知の方も、もしまだ「豊穣な記憶」、ご覧になっていないようでしたら見る価値大いにありかと思われます。

講師の早尾さんは、近々青土社から『ユダヤとイスラエルのあいだ 民族/国民のアポリア 』
(定価2,730円)を上梓予定だそうです。

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わずかな手間で一年間の不労所得!!
すごいものを見つけてしまいました。 ...続きを見る
しあわせになろう!
2008/03/13 13:30

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
日本で人権を叫ぶ人達は、なぜチベットで行われた侵略と虐殺、現在進行形で行われている虐殺と暴行、文化破壊に声を上げないのでしょうか?

イラク戦争に於ける、アメリカ軍イギリス軍のイラク人に対する行為は非難されます。
パレスチナに於けるイスラエル軍とイスラエル人過激派による行為は非難されます。

チベットに対してはなぜこうも冷淡なのでしょうか?
このブログはどうなのか解りませんが、日本の大手メディア(普段人権問題を熱心に取り上げる報道ステイションなどはなぜか中国を擁護していました。)、ありとあらゆる人権団体が事対中国に限ってはなぜかトーンが薄いのは何故なんでしょうか?人権運動市民運動の現場からの視点で教えて頂ければ幸いです。
じんけん.コム
2008/03/18 18:29
>じんけんコム様
このブログでチベットを今のところ取りあげていないのは、管理人が忙しいから(例えば2月は一度も更新できず、3月に入っても、集会のお知らせや報告以外は一度も書く時間が取れておりません)という理由以外にはないので、なんとも言えません。先日も、とある(東京ではありませんが)9条擁護の活動をする運動家の方から、チベット弾圧を批判する請願書への賛同メールが多摩市民「九条の会」に来ました。チベットに限らず人権派弁護士の逮捕など、政治的自由を要求する中華人民共和国市民への共感は高いと思われます。
管理人
2008/03/20 00:20
しかし強いて言えば確かに、中国関連の人権問題に対して、イラクやイスラエル問題に比べて声高には問わない(よりソフトな形で打ち出すことが多い)傾向があるかもしれません。それには大きく二つの理由があると思われます。
管理人
2008/03/20 00:21
(1)イラクにせよ、イスラエルにせよ、ほかならぬ日本国が、アメリカ合州国軍に対して中東方面への展開基地を提供しているわけです。イラク攻撃や、イスラエルの後ろ盾として活動する米軍が現地の一般住民を傷つけるという問題が起きれば、それは私たち日本の主権者自身が直接にかかわっている問題に他ならないわけです。それは「自分自身のこと」として、優先順位を高くして叫ばざるを得ない問題ではないかと思う人が多いからではないでしょうか。
管理人
2008/03/20 00:21
(2)中国という中央集権的大国が民主化をするためには、長い道のりがかかるという見通しが、少なくとも私の周囲には共有されているという点も大きいです。というのは、例えば数年前、中国の重慶にてサッカーのアジアカップがあった際、日本代表へのブーイングなどが大きな問題になったかと思いますが、日本代表はそれでもクリーンなプレーを行ないました。あそこで彼らがブーイングという一部の観客の挑発に乗って変な振る舞いをしてしまったとしたら、ブーイングをしていない観客までも刺激したことと思います。そうすれば、日本のサッカーファンの反中感情も高まって悪循環になっていたのではないでしょうか。日中双方の歴史的遺恨を考えた時、日本に負い目があるという点(これに関しては反論あるかもしれませんが、以前http://tama9-jo.at.webry.info/200712/article_1.htmlで書きましたのでご一読願えればと思います)を考える必要があります。日本のメディアが声高に中国政府を批判すれば、政治的自由を要求している中国市民にすら「反日」感情を高め、問題が見えなくなってしまう可能性もあります。
管理人
2008/03/20 00:22
そういう意味で、隣人である中国の状況を改善するためには、様々なチャンネルを通しての緩やかな批判、あるいは市民への応援が重要と思っております。ちなみに、こうした慎重さは、80年代に軍事独裁政権から民主主義を獲得した、お隣韓国との運動との中から培った部分もあるかと思われます。大雑把ですが、さしあたりこんな感じでいかがでしょうか。
管理人
2008/03/20 00:23
(1)
「自分自身のこと」と言う視点から見ればアメリカの世界での振る舞いは、日本人として責任を感じます。
しかし、中国に関してはそれが無いとは言えません。日本から中国への援助は行われており、公表されているものだけでも合計7兆円が中国へ、援助されています。これが一つ。

日本と中国は互いに負の歴史もあれば交流の歴史もある。数千年来の関係です。
今後はアジア共同体や、自由貿易など、人、物の交流がますます増えると思われます。
EUの様な関係をアジアで構築していくならば、中国の少数民族に対してのこの振る舞いに対する、評価をさけて通る事ができません。言うなればアジア全体の平和を考え共同体化を進めるのであれば、中国がチベット人やウィグル人に行っている事は、必ず糾弾しなければなりません。日本を先頭に中国の暴力への「NO」 と言う姿勢を示せなければ、また同じ事を中国は繰り返し続けるでしょう。

またチベットが元々独立国家である事は世界の常識です。
日本と同じく中国と隣り合わせの国です。

これをどうして「自分自身のこと」といえないのでしょうか?
じんけん.コム
2008/03/23 12:09
(2)について
日本代表が挑発に乗り例えばスタンドに向かってつばを吐くとか、やってしまったらおっしゃる通り同レベルの争いになり、日本人にとって何の正義もありませんね。しかし日本代表は黙々と自分たちのプレーをした。そして自分たちの得たい物を得たわけです。

では果たして、日本のメディアが、虐殺を非難する事や、弾圧を非難する事、チベットへの文化破壊を非難する事、チベット人の50年位及ぶ苦難の歴史を正確に伝える事が、「観客に向かってつばを吐く」ような行為でしょうか?間違った行為なのでしょうか?

日本のメディアは、中国共産党が行っている少数民族への弾圧行為をほとんど伝えてきませんでした。
サッカー選手がどんな環境であろうと、ルールを守りプレーする様に、事実を事実として伝えるのがメディアの使命です。日本のメディアが対中国報道に対してその使命を果たしているとは言えないでしょう。
じんけん.コム
2008/03/23 12:32
(2)の2(すいません長くて・・・)
日本の左翼と呼ばれる人権団体の多くもそうです。同じ様にその使命を果たしているとは言えません。
人権とは人類共通の普遍的な価値観であると私は思います。日本の人権団体もそのように言ってきたと思います。「負い目」があろうと無かろうと、変わる事の無い人間の絶対的なものです。

負い目があるから非難しない。負い目が無いから非難する。言い返せば、絶対反論不可能な相手や、言いやすい相手には徹底的に糾弾非難する。しかし強い力を持ち、反撃してくる者に対してはそ沈黙する。私はこのような卑怯な態度を今回メディアや人権派を叫ぶ団体から感じる事ができました。

じんけん.コム
2008/03/23 12:32
そもそも、議論をしていて振り返ってみるに、この多摩市民「九条の会」のブログで、「言いやすい相手には徹底的に糾弾非難する」というような記事を書いたことがあるのだろうか、ということを考えて見ました。むろん執筆者本人が無自覚で書いていることは無いとは言い切れませんが、他団体の集会の紹介=チラシなどの引用はともかくも、アメリカやあるいは自民党政権に対しても口汚く罵るようなことはしていないつもりです。その上でしかし、中国に対する日本の戦争責任を問う立場として、その責任を果たしていないのに、中国に対して厳しく言うことは「お前が言うな」と向うの人に言われるだけであるということを鑑みて、アメリカや自民党政権への批判とは違うトーンを取るという立場を管理人は選択しているのだ、ということは申し上げておきます。
管理人
2008/03/24 04:23
「チベットが元々独立国家である」と書いていますが、中華人民共和国も、それ以前の(国民党時代の)中華民国も、更にそれ以前からも、中国というのは漢民族の民族国家ではなく、幅広い諸民族を含みこんだ多民族国家(あるいは帝国)です。宗教的、民族的自立性の高いチベットやウイグルの人々から見て、漢民族の(特に近年加速度を増した)経済進出・開発がその独自の文化を破壊し、生活の基盤が崩されているという危機感が彼らにはあることと思います。弾圧を批判するのはもっともですが、「日本と同じく中国と隣り合わせの国」という書き方になると、正直同意しかねます。冷戦終了後の旧ユーゴなどの状況など、少数民族の権利の擁護と、民族自決権の行使とは全く位相の異なる問題であることは確認しておいた方がよいと思われます。
管理人
2008/03/24 04:23
『「お前が言うな」と向うの人に言われるだけである』
つまり日本政府とアメリカ政府には言うべき事は言うが、中国には政治的歴史的問題があるのであえて言わない。と言う事ですね。しかしどうでしょうか?アメリカ、イギリス、フランスなどかつての欧米列強と呼ばれた国々であっても日本と同じ、かそれ以上では?彼らも黙っているべきだとお思いですか?

「政治的歴史的」問題があるからと言って、人権弾圧を糾弾しないと言うのはやはりおかしいと思います。

近隣国、しかももっとも関係の深い国が、虐殺、監禁、拷問、強制断種、強制堕胎、などの前近代的な行為を平然と行っている事を糾弾しないのはやはり、九条を擁護する団体としておかしいと思います。
日本が九条を持ち続けるのであれば、周辺国のこのような行為を認めては絶対にいけません。もちろんアメリカやロシア、北朝鮮、韓国に対しても同様です。

これが相手によって「政治的歴史的」しがらみでトーンを変えなくてはいけないのであれば、憲法九条が提唱している価値観は破綻しないでしょうか・・・・・・
じんけん.コム
2008/03/28 13:14
まず最初に、このブログの見解はあくまで管理人個人のものです。これに関しては特に記載のない限り他の記事全てそうです。

九条の会は上意下達の組織ではないので、団体全体として取り上げる問題は「九条の価値を広げる」という点のみです。その上で、それを実施していくに当たって取りあげるべき様々な問題を、それぞれの会員が取りあげていく。その中で、チベット問題を取り上げている人もいるし、それ以外を取りあげている人もいる、そう書いたはずです。

その上で、『「お前が言うな」と向うの人に言われるだけである』というところで基本的な誤解があると思われるのは、向うにそれを言わせないために、きっちり歴史問題に片をつけて、付け入る隙を与えないくらいの国際的な評価を日本が得られるようにすべきだ、ということです。
管理人
2008/03/29 09:37
それからもう一点。「憲法九条が提唱している価値観は破綻しないでしょうか……」とのご指摘に関して。まず、武力に頼らない平和/安全構築を目指すという「価値観」自体は破綻しないのではないかと思います。その上で、ご指摘の様に、それを実際の歴史的存在である私達が実現しようとする際に、その歴史のしがらみが、その価値観への疑念を引き起こさせるようなマイナスの効果を生むことはあるでしょう。ぶっちゃけて言えば、じんけんコム様などから見て、九条擁護を訴えているやつらが胡散臭いと思わせてしまう発言を今のところしてしまうこともある。しかし、かつて「アジアの侵略者」であった日本が、その歴史を引き受けて(反省して)、九条を発信するという点に意味があると個人的には考えております。
管理人
2008/03/29 09:44
政治状況、歴史問題、そのような物にとらわれない人類普遍の共通の価値観が人権です。
正直、管理人さんがおっしゃったロジックで納得する事はできませんし、
それが埋まらない物だとよく解りました。

それは非常に悲しい現実です。
イラク戦争の時、保守と呼ばれる面々がアメリカに追従している姿と同じ悲しさです。
じんけん.コム
2008/04/10 03:14

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