多摩市民「九条の会」

アクセスカウンタ

zoom RSS 永山の雑木林

<<   作成日時 : 2005/11/26 10:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

23日に「たまには、平和でしょ」キャンペーンが無事終了しました。実行委員の皆様はじめ、関係者、参加者の皆様、お疲れ様でした。

立川の「自衛隊監視テント村」の方がおっしゃっていましたが、たまには(sometimes)平和について考える、のではなく、「多摩には、平和」で、いつも平和のことについて考えるためのきっかけになればいいですね。

集会の中での発言にもありましたが、日々の暮らしから離れたところに平和や戦争があるのではなく、日々の暮らしがあり、それを破壊するものとしての戦争があるからこそ、平和の大事さを訴えなければならないわけですよね。

多摩に暮らす中で、日常の中で起きている様々なことに平和の問題がつながっていると思います。一例として、「たまには、平和でしょ」にもいらしていた永山駅前雑木林を守る会
の方々が訴えている、駅前の雑木林の伐採問題なども、やはり現在の世界の大きな動きと関連していると思います。永山住民にとって空気の様に当たり前の存在の、そしてあの地域の住環境にとって欠かせない林ですが、所有者である都市再生機構が売却を検討しているのです。

なぜ、今こういう問題が出てきているのかを考えた時、小泉内閣によって加速された構造改革路線で、従来の公団(日本住宅公団→住宅都市整備公団)が都市再生機構に変り、大きく性格を変えたことに関連しています。大きな負債を抱え、売れる余分な土地を売り払ってしまおうという方針なのです。

村上ファンドの阪神電鉄株取得などでも出て来た「遊休地」と言う問題がここにみられます。つまり収益を生むことができるはずなのに使われていない、経済学的には無駄とされている土地を企業が売却したり、再開発すると収益が生まれる、ということになる。「無駄な開発」をなくすことは必須ですが、もはや開発の終了した永山地区において、あの空間は必要なものであって、無駄なものではありません。あの土地自体収益は生みませんが、市民の生活にとっては必要な空間なのです。あそこに雑木林があることで、永山駅周辺の土地の(お金の問題に限らない)「価値」が生まれているのです。

そうした空間のように、お金を直接生まなくても社会に資するものの生む現象を、経済学では正(プラス)の外部効果と言いますが、こうした性格を持つまさしく「公共財」を守っていくためには、なんでも市場まかせにすればいいというわけではありません。

官僚、役所の非効率が騒がれていますが、そこで生まれる無駄をなくすために、何でも民営化すればいいということはなく、むしろ民営化で失われるものがある、ということを考える時期にきていると思います。市民にとって必要なものを護り、そして無駄をなくすためには、民主的なコントロール、市民による公共セクターのチェックという民主主義の基本的な価値を再確認し、それを実践していく必要がある、ということを考えなければならないのです。

関連記事がありますので、よろしかったらこちらもどうぞ。

シリーズ 多摩のこれから
その1
その2 「官」のツケは住民が払う
その3 土地の公共性
その4 ニュータウン計画と現状

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
永山の雑木林 多摩市民「九条の会」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる