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zoom RSS 横田基地の夏 沖縄が見えない その5

<<   作成日時 : 2006/01/30 00:11   >>

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沖縄国際大学でのヘリ事故が起き、一向に改善の見えない基地問題に沖縄の人々の怒りが表面化した矢先の2004年8月22日日曜日、その国の首都たる東京都にある在日米軍横田基地では、「友好祭」が行なわれていた。単なる偶然ではなく、社会構造のひずみから起こるべくして起きたといえる市街地でのヘリ事故が日本国の一角で起きたその直後、10日もたたないうちに、米軍と住民との「友好」を題した祭りが行なわれるようなので私は驚いた。そして、そんな時期に「友好」という看板を掲げる以上、主催者は日米間で起きた事故に謝罪や遺憾の意などの形で触れてしかるべきであろうから、どんなことを述べるのかと私はその「友好祭」を見に行ってみた。

行ってみた、が、沖縄の怒りもなんのその、戦闘機やら輸送機やらを見て屈託なく喜びはしゃいでいる見物人の皆様を見て私は驚いた。多くは「友好」のもう一方の主役であるはずの基地を抱える地元の方ではなく、遠くからわざわざやってきた方々のようだった。普天間での事故に何も触れることのない米軍の姿勢にも参ってしまった。横田の空軍の皆様は、軍隊内のタテ割り(普天間のヘリは別組織である海兵隊のもの)で、奴等の事故など私たちには関係ない、と思って触れなかったのか。それとも、あの程度の事故は目くじらを立てるようなことではないから、東京にいる我々が触れるまでもない、と思っていたのだろうか。

私も最初から最後まで祭りにいたわけではないので、もしかしたら、どこかの片隅で、米空軍はヘリ事故に触れたかもしれない。しかし、少なくとも2時間ほどそこにいた人間、しかも、事故に何かしら触れることを期待して見にいった私が、全くそれに言及したことに気付かなかったのである。何か言及していたとしても、それは単なるアリバイ作り、形式主義でしかない。触れる以上はそれをもっとアピールすべきである。

横田基地も普天間基地と同じく、住宅の密集した地域にある。以前触れたように騒音訴訟なども当然起きた。そういった地元、福生市や瑞穂町の人々にとっては、普段米軍に友好的な立場の人でさえも、普天間の事故は全く他人事ではなかったはずである。「友好祭」よりも前にやることがあるはずではないのか。同じ米軍が、基地の地元住民の不安を強める事故を起こしてしまった直後に、そのことに触れずして「友好」も何もあったものではないのではない。しかし誰もそれには触れないのである。横田の軍人たちも、友好祭ではしゃいでいた人々も、そんなことは「他人事」なのである。沖縄の外にあっては、基地のすぐ近くに住んで直接の恐怖感や被害を持たない限りは、基地問題など「他人事」なのだ。この首都と沖縄の落差に、東京の住人たる私は居心地の悪さをた。

ヘリ事故など何もなかったかのようなその「友好祭」なるものの空気に、私は米軍や基地そのものへの賛否といったもの以前の問題を感じざるを覚えなかった。その問題に関しては、このシリーズで既に述べてきたことなので、ここでは繰り返さない。

次回以降、こうした状況を許す政治構造、沖縄に関する問題を、もう少し別の角度から考えてみることにしよう。

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